豊国神社(ほうこく)【1】トップページ|大阪府

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大阪市中央区大阪城1−1( いつもNAVIによる広域地図 )
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 平成23(2011)年8月14日(日)、「神武天皇大和討ち」難波之碕(なにはのみさき)顕彰碑

大阪天満宮 | 難波之碕顕彰碑 | 大阪城 | 豊国神社(ほうこく) | 第16代 仁徳天皇の「高津宮(たかつのみや)」
| 第16代 仁徳天皇の「高津宮(こうづぐう)」 | 神武天皇の「生国魂神社(生國魂神社)」 |

 平成23(2011)年8月14日(日)、「神武天皇大和討ち」孔舎衛坂での敗戦

春日神社 | 古戦場碑 | 「龍の口霊泉」碑 | 孔舎衛坂(くさえのさか)顕彰碑 | 「厄山」と刻まれた石碑
| 「国見山」と呼ばれる「石の塊」 | 「哮ノ峯(生駒山の北麓)」 |

 平成23(2011)年8月14日(日)、盾津(たてつ)顕彰碑まで退却し梶無神社の地に再上陸

盾津(たてつ)顕彰碑 | 石切劔箭神社(いしきりつるぎや) | 石切神社(上の社) | 登美霊社 | 婦道神社
| 宮山にある石切神社の元宮 | 枚岡神社 | 神津嶽(かみつだけ)の枚岡神社の本宮(元宮) | 梶無神社 |

出世の神様と親しまれている豊国神社(ほうこく)

参拝履歴

出世の神様と親しまれている豊国神社(ほうこく)

豊国神社(ほうこく)

 当神社は明治元年、明治天皇が大阪に行幸になった砌、国家の為に大勲労のあった豊太閤を、この大阪の清浄な地に奉祀する様にと仰せ出されたので、種々熟議の結果、明治六年に京都の阿弥院峯墓前を本社として社殿を造営、大阪には別格官幣社豊國神社の別社として中之島字山崎の鼻(現在の中央公会堂の地点)に、明治12年11月に創立されたました。
 大正元年中央公会堂建設の為、府立図書館の西方の公園内に移転し、大正10年に別社から独立して府社に列せられましたが、昭和20年終戦と共に社格が廃止されたので、現在宗教法人となって神社本庁所属の神社となりました。
 昭和10年頃より大阪市の発展に伴い市庁舎増築に必要のため、隣接する当神社の移転の議が起こりましたが、太平洋戦争に突入した為、移転の件は一時沙汰止みとなりました。
 その後昭和31年大阪市より神社移転の要望が再開されたので、祭神に縁のある大阪城内を移転地と決定し、昭和36年1月中之島より奉遷したのが現在の神域です。

豊国神社(ほうこく)の本殿

出世の神様と親しまれている豊国神社(ほうこく)

ご祭神

豊臣秀吉公

出世の神様と親しまれている豊国神社(ほうこく)

出世の神様と親しまれている豊国神社(ほうこく)

豊国神社(ほうこく)の地図

難波之碕顕彰碑から第16代仁徳天皇陵