青柳の与呂伎神社 (よろき)のトップページ
平成22(2010)年5月2日(日)の参拝は白鬚神社から
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第一次天孫降臨後、大嶋奥津嶋神社に蟄居されていた奇彦命が万木森を賜う
御機の十〔鹿島立ち釣鯛〕の紋の【6】奇彦命と万木の森を参考に推論・・
奇彦命は、国譲りから55,373年後の紀元前1,499,704年に奇玉火之明尊の第一次天孫降臨のとき大物主に任じられているが官職を辞し(20-9)、大嶋奥津嶋神社(おおしまおきつしま)に蟄居され、父と母の宮を祀られたらしい。 大嶋奥津嶋神社(おおしまおきつしま)に蟄居していると、「瓊々杵尊を守れ」という勅を得て、三穂津姫を妻とし、万木の森(→与呂伎神社)を賜った。「万木」滋賀県高島郡安曇川町青柳・西万木付近一帯に、以前は「万木の森」と称する広大な森が存在した。「東万木」とは現在の青柳町の旧名である。
御機の二十四〔コヱ国原見山〕の紋によると、
高島市安曇川町青柳(旧称、万木の森)には与呂伎神社(よろぎ)が鎮座しており、祭神は子守神と勝手神である。地元の人は与呂伎神社(よろぎ)を「コーモリさん」と呼び習わしていて、同社の地名を「古森」と称する。
このことは吉野山の子守宮を「コーモリさん」と呼び、同地に子守という地名が残ることと類似し、何らかの関係が存在することを示している。
なお、与呂伎神社(よろぎ)は、同地で最も古い神社として伝えられている。
この地は、『秀真伝』の記述から子守神(万木麿命)の誕生の地であると考えられる。
境内の入口は東側にあり、参道を西へ進むと本殿へ行く。
参道の木々は、参道を中心にして左右に広がっている。
なにか特別な理由があるのだろうか。
【系図】素戔嗚尊-奇杵命(大己貴命)-奇彦命(えびす顔)-子守神
本殿
ご祭神
子守神勝手神
青柳の与呂伎神社の鳥居から
万木の森を偲ぶ
青柳の日吉神社から望む万木神社のある万木の森
青柳の日吉神社より
青柳の与呂伎神社 (よろき)の地図
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