天之機屋事件と天照大神の岩戸隠れ |「月の光」

目次

須佐之男命による高天原の改革 〜 2016年6月23日に天照大神の岩戸開き

2017年6月30日に記す。

 天之誓約で身の潔白を証明した建速須佐之男命は、天照大神に高天原の改革を要請された。
 須佐之男命の目からみて、当時の高天原の施政は、田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりするような乱雑なものであった。
 須佐之男命の高天原の改革の神意を理解出来る天津神はゴク稀で、多くの神々は自分の領分を侵される危機感から天照大神に苦情をいった。
 天照大神にしてみれば、須佐之男命に高天原の改革を依頼するご自分の考えを理解してくれる天津神が現れることを期待して
「考えがあってのことなのだ」

 と須佐之男命をかばった。

 須佐之男命にしてみると、個々の業務がどの程度、自分勝手に行われているかを見極める必要があった。
 高天原の方針が律法として、地上界や天界に公布されていくので、律法にミスがあってはいけないのだ。
 ところが、須佐之男命の改革方針を理解する高天原の神は少なかった。
 高天原で須佐之男命が指摘していった事柄を、逆に、須佐之男命の罪として押し付けられてしまったものを大祓祝詞の天津罪という。

(1)畔放(あはなち)〜業務妨害(霞が関の縦割り行政の弊害を想像すると理解しやすい)

(2)溝埋(みぞうめ)〜業務妨害(霞が関の縦割り行政の弊害を想像すると理解しやすい)
(3)樋放(ひはなち)〜業務妨害(霞が関の縦割り行政の弊害を想像すると理解しやすい)
(4)頻播(しきまき)〜いい結果をもたらすことは何度でもやりたい。
(5)串刺(くしさし)〜他人の仕事はよく見える、業務侵害。
(6)生剥(いきはぎ)〜上手くいきそうだったら時間を早める。
(7)逆剥(さかはぎ)〜失敗したら時間を戻してやり直す。

(8)糞戸(くそへ)〜 生剥・逆剥の結果、大嘗祭(または新嘗祭)の時が正確に測れない。

 最も深刻な問題は、「時」を早める罪にあたる「生剥」、「時」を巻き戻す罪にあたる「逆剥」がどの程度の深さで行われているかであった。
 天照大神と須佐之男命は、協議に協議を重ねた。
 高天原において、「時」を早める罪や「時」を巻き戻す罪が行われているかの判定を下す必要があった。

 須佐之男命は、天照大神に天之斑駒をもって判定することを提案した。

 天之斑駒とは、天の運行を象徴するもので、大祓祝詞では「天之斑駒の耳 振り立てて聞し召せ」と奏上される。
 天之機屋に「天の運行」を象徴する天之斑駒をぶつけてみて状況を測るのだ。
 天之機屋で「天の運行」に沿う事柄が行われていれば、天之斑駒は天之機屋には当たらない。
 本来、天地の律法を司るところは、どのような攻撃に対しても防衛できるようになっているものである。
 須佐之男命は天之機屋上空から、皮を剥いだ生きた天之斑駒を天之機屋に投げた。
 また、天之斑駒の皮を尻の方から剥き、この天之斑駒も天之機屋に投げた。
 天之機屋が本来の機能を果たしていれば、防衛されるはずであった。
 天照大神も須佐之男命も祈りながら、天之斑駒の落下を見守った。
 ところが2頭の斑駒とも、天之機屋の屋根を突き破って、天之機屋内部に落下し、機織り機の梭(ひ)が1人の天の服織女の陰部に刺さって死んでしまった。
 この事実を鑑みて、長い間、天意に反する律法が地上界に降りてしまったことを知る。
 神聖な天之機屋内で、不義密通が行われ、その不浄な気の満ちた律法が、天界・地上界に公布されてしまっていたのだ。
 しかも、天之斑駒が天之機屋の屋根を突き破って落下したことから、
「失敗しちゃったから、時間よ戻れ」
「いいかんじだから、このまま時間を早く進めて」
 といった感じの、「時」の操作までなされていることが判明した。
 事態の深刻さの深さと広さが測れないため、天照大神も須佐之男命も高天原の改革が不可能であることを知る。

 天照大神と須佐之男命は天意を問う。

 時を早める生剥、時を戻す逆剥の不都合を整えるのに、100年かかると判定された。
 神々の1年は、歳差運動の1周の25,800年にあたる。つまり歳差運動の100年とは25,800年×100=258万年で、258万年経過しないと改革を実行できないと示された。
 258万年後の状況を見極めて、高天原の改革をすることになった。
 258万年後に須佐之男命が状況を見極めて、天照大神の岩戸に前に立つという約束がなされて天照大神は天の岩屋にお入りになられた。
 天照大神と須佐之男命の天之誓約のとき、天照大神の岩戸隠れという事態も想定されていて、人体を持った神々と人体を離れた神霊界の呼応関係で、諸問題を検討し改革する方向も定めらていた。
 人体を持つ神々は、今から300万年前に琵琶湖の竹生島と滋賀県の蒲生で誕生している。
 人体を持った神々を「〇○命」と呼ぶ。
 現代にあって、琵琶湖の竹生島は神代の状態を伝えてくれているが、神代の蒲生の痕跡はこれまでの天変地異によって失われてしまっている。
 滋賀県近江八幡の賀茂神社(宮司は岡田さん)の「祈りの森」で、神代の昔に蒲生で人体をもって現れた神々の気配を感じることができる。

 『霊界物語』(八幡書店刊、出口王仁三郎)第39巻から。

 地球において、肉体の具備されたる神の御出生ありしは、琵琶湖の竹生島からは、田紀理毘売命・市寸島比売命・狭依毘売命の三姫神、また蒲生からは天之菩卑命・天津彦根命・天之忍穂耳命・活津日子根命・熊野久須毘命の五彦神が御出生になった。これが世界における人類の始祖である。かく琵琶湖は神代史と密接な関係あるがゆゑに、沿岸付近の地名が「大祓祝詞」中に数箇所出ている。
 「大津」の地名もかくして読込まれたものである。

 天照大神の岩戸開きの胎動は、須佐之男命の御料地である岡山県の吉備津の地から、黒住宗忠翁の1814年の黒住教の開教を嚆矢に始まった。

 1814年ごろの世界情勢。

 フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的として、1814年9月1日からウィーン会議が開催された。
 1792年より以前の状態に戻す正統主義を原則としたが、各国の利害が衝突して数ヶ月を経ても遅々として進捗せず、
「会議は踊る、されど進まず」
 と評された。
 1815年3月にナポレオンがエルバ島を脱出したとの報が入ると、危機感を抱いた各国の間で妥協が成立し、1815年6月9日にウィーン議定書が締結された。
 このウィーン議定書により出現したヨーロッパにおける国際秩序は「ウィーン体制」とよばれる。

 1814年ごろの日本は第119代光格天皇の時代。

 在位:安永8年11月25日(1780年1月1日) - 文化14年3月22日(1817年5月7日)。
 光格天皇の存命期間、明和8年8月15日(1771年9月23日) - 天保11年11月18日(1840年12月11日)。
 幼名を祐宮(さちのみや)という。
 生前譲位されていて、今上陛下が事績の研究を指示されている。

 202年を経て、2016年6月23日に須須佐之男命が天照大神の岩戸の前に立たれ、天之岩戸が開いている。

 神代の昔、天照大神様の「ダマシタ岩戸開き」に関わらざるを得なかった神々の御領分で、順次天之岩戸開きの御神業が行われ始めている。

<以下の流れをダマシタ岩戸開きという>

 岩戸開きまでの258万年のトキを繋がざるを得なかった出来事。

 思金神の案に八百万の神々も満場一致で賛成。
(1)朝でもないのに長鳴鳥に、いっせいに「アサー」と鳴かせる(ウソ
(2)ひとつ目の鍛治空間である天津麻羅という空間で鉄を打たせ、
(3)その鉄で伊斯許理度売に『八尺鏡』を造らせ、
(4)天児屋命太玉命に命じて天の香久山のハハカの木を燃やして鹿の肩骨を焼いて占う。
(5)また、天の香久山のさか木を根こそぎ掘り取って、
   その上の枝に『勾玉のみすまるの珠飾り』を取りつけ、
   中ほどに『八尺鏡』をかけ、
   下の枝に『白と青の幣』を垂らして、
  太玉命が持ち、また、天児屋命が天照大神様出現祈願の祝詞を唱え、また、あめの天之手力男命が岩戸のわきに隠れた。
(6)天照大神を誘い出す大宴会の準備は大わらわです。
  天宇受売命が天の香久山のひかげのかづらをたすきにかけ、まさきのかづらを髪飾りにし、魔よけの笹の葉を手に持っています。
 そして、ステージがわりの大きなおけを伏せてその上に乗り、とんとんリズムをとりながら面白おかしく踊り始めました。
 おけは打楽器のように大きな音を鳴り響かせています。
 調子に乗った天宇受売命は、しだいしだいに神がかり状態になり、踊り狂い出した。
 乳は左へ右へ、上へ下へと揺れ動き、裾はめくれて女陰はあらわに見え隠れしました。
 日本初のストリップで天照大神の出現を願った。(エロ
(7)そのようすがとてもおかし く、神々はお腹をかかえてどっと笑ったのです。(お笑い
(8)これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、
 「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受売命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」
  と問うた。
(9)天宇受売命
「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」(これもウソ
 というと、天児屋命太玉命が天照大神に鏡を差し出した。
 鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天之手力男命がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。(暴力
(10)すぐに太玉命が注連縄を岩戸の入口に張り、
 「もうこれより中に入らないで下さい」(実力行使
  といった。
  こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなったと伝えられている。

 八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した。
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 天意を伺った結果、時の配置が整うまで258万年かかる。

 それまでは、何を言っても水泡に帰すのだ。
 これは伊邪那岐命と伊邪那美命の苦労でもあった。
 そのため、全ての罪を須佐之男命が背負って、追放されることになった。
 須佐之男命のこの英断がなければ、この世が成り立っていない。

「ダマシタ岩戸開き」で出現した神霊を特別に「天照神」と呼ぶ。

 これまでの300万年間の日本の神霊界に、女神としての天照大神も、男神としての天照神も双方とも存在していた。
 岩戸に隠れている天照大神は瀬織津姫と変じて現れ、天照神をサポートされながら天照神の御教えのなかに天意を通していった。
 須佐之男命は、大地に埋もれてしまった女神・天照大神の御教えを「叢雲剣」として掘り起し、男神・天照神に献上し、女神・天照大神の御教えが通るように苦心された。
 天照神という「特殊存在」が存在した300万年という「時代」の苦労、伊邪那岐命・伊邪那美命の苦労、天照大神様の苦労、瀬織津姫神様のご苦労、須佐之男命の辛苦を舐めた苦労の結果、現代の岩戸開きがある。
 瀬織津姫神こそ、男神の天照神の時代に、女神の天照大神の変じて現れたお姿だった。

 このことに気づいて随分経つが、ようやく文字として書けるようになった。

 2016年6月23日に天照大神の岩戸開きが行われ、2017年6月1日に伊邪那美命が復活されている。男神・天照神として結実せざるを得なかった「特殊存在」は、天之野洲川に集った八百万神々のもとにフィードバックされ、神霊界上の実体はもう存在していない。
 2016年〜2017年と岩戸開きが相成って、瀬織津姫神様のことがようやく語れるようになった。
 これまでの長い歴史の中で、天照神と瀬織津姫神ならびに女神としての天照大神について探求されてきた一部の研究者のなかに、このことに気付いた先生もおられただろう。
 知れば知るほど、時が来ていないため語れなくなってしまったのだ。
 こうして、天照神も瀬織津姫神のことについても語られることが少なくなり、時の到来が待たれたのだろう。
 瀬織津姫神に合掌。

繰り返される酒を飲ませてのわいせつ・レイプ事件

 「ダマシタ岩戸開き」を現代風に解りやすく説明できる事件が下記のような事件。

 優秀な人たちだからこそ、こういう事件を起こしやすいのかもしれない。

【2016年5月11日夜〜東大生による強制わいせつ事件】
 5月11日、日本の最高学府である東京大学に通うエリート学生が、女子大生に「強制わいせつ」を働いたとして、警視庁に逮捕された。
 松見謙佑容疑者(22歳)。

【2016年9月20日夜〜千葉大医学部レイプ事件】
  犯人たちの「華麗すぎる家柄」
 山田兼輔容疑者(23歳)は、神奈川県の超名門私立・聖光学院高校出身。
 増田峰登容疑者(23歳)は筑波大学附属高校出身。
 吉元将也容疑者(23歳)は鹿児島県出身で、中学時代に長野県に転校した。
 藤坂悠司容疑者(30歳)は千葉大学附属病院の研修医。

 2016年9月20日夜、千葉市中央区内の居酒屋で、実習の打ち上げという名目で、同大の学生ら十数人が参加して飲み会が行われた。
「飲み会は5時間続き、泥酔してしまった参加者の女子学生を山田らはトイレに連れ込んだんです。4人は時間差でトイレに入り、集団でわいせつ行為におよびました。犯行現場になった可能性が高い男女兼用のトイレは二畳程度の広さ。
ただし、この居酒屋はわりと高級なチェーン店で照明は明るく店員も多い。トイレは店内の中央付近にあって、頻繁に人の出入りがあった。女子学生を介抱するフリをしていたとはいえ、かなり大胆な犯行です」(全国紙記者)
 もともと、この飲み会は逮捕された千葉大学附属病院の研修医、藤坂悠司容疑者(30歳)が企画したもの。藤坂(30歳)は容疑者の学生に「先生もどうですか?」と誘われて、犯行に加わったというから、呆れるほかない。
 しかもレイプは居酒屋だけで終わらなかった。
「彼女が酒に酔ったので、家まで送る」
 他の参加者にはそう告げて、藤坂(30歳)を除いた3人は被害者女性をタクシーに乗せて、増田の自宅マンションに連れ込んだ。
「そこで3人で早朝まで被害者に性的暴行を加えたあげく、軽傷を負わせたんです。女性は3人が寝たところで、ようやく逃げ出して病院に駆け込み、関係者が警察に通報しました」(前出・記者)

2016(平成28)年・2017(平成29)年は神話史上特筆すべき年だった

 2016年(平成28年)12月記述

 1995年の阪神淡路大震災の年から日本各地を周って、神社仏閣で祝詞を奏上する生活を始めてから足かけ21年になる。
 2013年8月までガムシャラに周った。
 2016(平成28)年はこれまでの御神業のなかで、特筆すべき年になった。
 2016年2月7日(旧暦では2015年12月29日で2015年の最終日)の朝、
「千引岩(千曳の岩戸)」
 という大きな文字を見ながら目覚めた。
 こういう夢のケースの場合、神命であり、千引岩(千曳の岩戸)に行くように、というメッセージだと思った。
 2016(平成28)年以降、以下のように、とても激しい動きになっている。

月の光

 しかも、2017年(平成29年)5月14日に、千引岩戸閉めの原因となった、伊邪那美命の火傷を負った伊邪那美命ぼミホトの傷も癒えた。

 日本の神々は全て復活されている。

5度の岩戸閉めとは?(磐戸・岩戸開きに向けて)

『 新版 ひふみ神示』下巻 所収

五十黙示録第二巻碧玉之巻第十帖より

 岩戸閉めの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、

    〜 略 〜

 次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神揃ふてお出まし近うなって来たぞ。次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせてネの国に追いやった時であるぞ、素盞鳴命は天下(あめがした)を治しめす御役の神であるぞ。

    〜 略 〜

 素盞鳴命にも二通りあるぞ、間違えてはならんことぞ。一神で生み給える御神と、夫婦呼吸を合わせて生み給える御神と二通りあるぞ、間違えてはならんことぞ。神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変わりの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイワレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ。仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしていたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やり放題の世となったのであるぞ、これが五度目の大きな岩戸しめであるぞ。