5度の岩戸閉め ・岩戸開き ・建替え建直し 月の光 > 聖地 探訪ノート
  附 私の物語の始まり    平成16年7月11日に収録
私の物語の始まり 目次
1995年5月12日
千引の岩戸開き
至恩郷、その1
至恩郷、その2_鶴の物語
至恩郷、その3_吉備津
なぜ「月の光」にしたか
     5.至恩郷〜その3_吉備津

 三典さんのお話にあった、天明の生まれ故郷の氏神様である吉備津彦神社の資料を頂戴し、車に乗り込みました。すると、吉備津彦神社の資料と一緒にいたのかどうか分かりませんが、黒住教の教祖・黒住宗忠が私の眼前に現れて次のように言います
「天明の元を訪ねて、私の元を訪ねないでは、筋を違えるぞ。今回の出来事は全て私から始まったのである」
 そういわれればそうともいえるので、東京に帰ってから黒住教の総本山のあるところを調べてみると、至恩郷の三典夫人から頂戴した吉備津彦神社から見て山の裏側にあたるところにあります。
 急いで、吉備津彦神社、黒住教本山、吉備津神社(桃太郎伝説のある神社)、金光教本山へ参拝する旅程をくみました。同じ6月のうちに全てまわりきったのですが、吉備津神社に天之宇受女命を祀る一童社という摂社があり、ここでも天之宇受女命が念押しをされているようにも見えました。
 のちに本ホームページ「月の光」を2002年(平成14年)から編集に入り、その過程で猿田彦命は吉備の国で生まれ伊勢に渡っていったこと、天之宇受女命は吉備津神社の一童社において神上がられたことを神に教えていただいたのでした。
 こうして、岡本天明は猿田彦命の人への生まれ変わりであり、三典夫人は天之宇受女命の人への生まれ変わりだろうということが、私だけの真実として確定したのです。
 
------------------------------------------------
平成18年4月15日の追記。
前頁に次のように書きました。
岡本天明 ⇒ 猿田彦命。猿田彦命の通常の根本使命は「人々を伊勢に向けさすお役」。
          あるいは、野立彦命(『霊界物語』)である可能性の方が高い。

 天の大神のお言葉を直接取り次げる位置にあるのは、野立彦命
           
このページのトップに戻る



All Right Reserved (C) 月の光
tukinohikari@msn.com