三々九度の源となり、天之誓約のとき佐々木山に天照大神が立たれた・・
日置神社 | 佐々木山 | 沙沙貴神社記録に残しておきたいメモ書き
天照大神と素盞鳴尊の誓約〜『新月の光』(八幡書店、木庭次守 編)上巻P332-
天照大神と素盞鳴尊の誓約はカスピ海を中心に行われたのである。カスピ海以東アジアは天照大神の御領分、以西ヨウロッパは素盞鳴尊の御領分であったのでその中心で行われたのである。現今の琵琶湖は型である。
伊邪那美命の後をうけて地教山即ちヒマラヤ山で治めていられた素盞鳴尊は、コーカス山へおいでになりヨーロッパ方面へおいでになって治めていられたのである。
奥蒙古に行くと天照大神様そのままの服装を今でもやっているのである。
(昭和17年10月12日 大本農園有悲閣にて)
神が人体をもって現れる前の時代なので、後世で忘れられることのないように少波神の神酒(みき)の淵縁地として置き換えて伝えてきたような気がする。
伊邪那美命の後をうけて地教山即ちヒマラヤ山で治めていられた素盞鳴尊は、コーカス山へおいでになりヨーロッパ方面へおいでになって治めていられたのである。
奥蒙古に行くと天照大神様そのままの服装を今でもやっているのである。
(昭和17年10月12日 大本農園有悲閣にて)
(参照)『霊界物語』第15巻第10章「神楽舞」。第12巻第16章〜26章、第29章。
琵琶湖周辺に天照大神と素盞鳴尊の天之誓約の推定地を求めるとすると、佐々木山と日置山が当てはまるような気がする。神が人体をもって現れる前の時代なので、後世で忘れられることのないように少波神の神酒(みき)の淵縁地として置き換えて伝えてきたような気がする。
天照大神は観音寺山の降りられてから、笹気山(ささきやま)で誓約をされる・・

素盞鳴尊は日置山に降りられて天照大神との誓約に望む・・

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